元オリンピアンなのに、私は「特別な人」ではないと思っている

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元オリンピアンなのに、私は「特別な人」ではないと思っている

「元オリンピアンです」と言うと、

「オリンピアンに初めて会った!」

「すごい!」

「サインください」

「何の競技ですか?」

と言われることがあります。

確かに、オリンピックに3回出場したというのは、私の人生の中でもかなり大きな出来事です。

でも、自分自身では「私は特別な人間です」と思ったことは、ほとんどありません。

むしろ、自分のこれまでを振り返ってみると、何か特別な才能があったというより、目の前にあることにその時々で全力投球してきたら、結果としてオリンピックという場所にたどり着いていたという感覚の方が近いのです。

今回は、そんな「元オリンピアン」という肩書きと、私自身が思っている自分とのギャップについて書いてみようと思います。

私は、もともと「特別な子」ではなかった

私は、もともと学校で良い成績を取れるタイプの子ではありませんでした。

もちろん、良い成績は取りたいと思っていたし、それなりに頑張ってもいました。でも、なかなか成績が伸びなくて、悔しい思いをしていた時期があります。

そんなとき、父が言ってくれた言葉がありました。

「それだけ頑張っていたら、いつかちゃんと芽が出るよ」

この言葉は、今でもすごく覚えています。

すぐに結果が出たわけではありません。それでも、なかなか芽が出ない中で続けていたら、3年後には学年で1番の成績を取ることができました。

この経験は、今振り返っても自分の中では大きな出来事です。

私はもともと、何をやっても人より簡単にできるタイプではありませんでした。

だから、オリンピックに出たことについても、「もともと特別な人間だったから」ではないと思っています。

オリンピックも、最初から「オリンピックに出るぞ!」と思っていたわけではない

私が最初から「オリンピックに出るぞ!」という明確な目標を持って競技を始めたわけではありません。

その時々で、自分がやるべきことに向き合って、もっと速くなりたい、もっと上手くなりたいと思って競技を続けていきました。

その先に、オリンピックがありました。

結果として3回もオリンピックに出場することができたので、さすがにこれは私の人生の中でもかなり大きな実績だと思っています。笑

でも、それによって「自分はすごい人間になった」と感じたことはありません。

オリンピックに出たことは、もちろん誇りに思っています。

ただ、それはあくまで私の人生の中で起きた、大きな出来事の一つなのだと思っています。

オリンピックに出ても、私は私だった

オリンピックに出たら、自分自身も何か大きく変わるのかなと思っていました。

でも、実際はそんなこともありませんでした。

基本的な性格は変わらないし、オリンピックに出たからといって急に自信満々になったわけでもありません。

「オリンピアンだから、メンタルが強そう」と言われることもありますが、ここは声を大にして言いたい。

私は、メンタル激弱人間でした。笑

競技生活の中で、そこを自分の中でクリアできなかったことは、引退した理由の一つでもあります。

だから、メンタルについて聞かれると、

「いや、そこは私に聞かないでください。笑」

となります。

オリンピックに出たという事実と、私自身の性格や人間性は、別の話なのだと思います。

それでも、オリンピックの経験は今の私の全部につながっている

では、オリンピックに出た経験は、今の私に何も残していないのかというと、もちろんそんなことはありません。

むしろ、今の自分を構成しているものを考えると、オリンピックまでの経験がなかったら、今の私はいないと思っています。

競技に向かうときの姿勢。

一つのことに向き合うときの考え方。

目標に向かって進んでいく感覚。

そして、人との関係。

現役時代は、本当に人に恵まれていました。

一緒に戦う仲間がいて、長い時間をかけて良いチームを作って、その方々と一緒にオリンピックという目標を目指していました。

だから私は、今でも人間関係をかなり大切にしています。

仕事でもプライベートでも、**「誰と一緒にやるか」**は自分にとってすごく重要です。

競技をしていた頃の経験は、今の仕事だけに生きているわけではありません。

資格の勉強をするときも、子育てをするときも、副業やブログに取り組むときも、何かに向き合うときの自分の姿勢には、競技時代の経験がかなり残っていると思います。

ここで、以前書いた「努力の天才」を目指してきた元オリンピアン。私が子育てで学んだことでも、競技時代から今につながっている部分について書いています。

「元オリンピアン」は、私の一部であって、私の全部ではない

今の私にとって、「元オリンピアン」という肩書きはどんなものなのか。

一言で言えば、

「私の一部ではあるけれど、私の全部ではない」

という感覚が一番近いと思います。

もう少し気楽に言えば、私の人生の中の**「チャームポイント」**みたいなものかもしれません。

自分から、

「実は私、元オリンピアンなんです」

とわざわざ言うことはほとんどありません。

でも、人から紹介してもらうと、ちょっと恥ずかしいけど、やっぱり嬉しい。笑

初対面の人と話すときには、少し興味を持ってもらうきっかけにもなります。

そう考えると、なかなか便利な肩書きです。

でも、私の人生はオリンピックで終わったわけではありません。

むしろ、オリンピックを終えてからも、仕事をして、結婚して、離婚して、子どもが生まれて、税理士を目指して、今は副業やブログにも取り組んでいます。

オリンピックの後も、その時々でまた別の道を選んできました。

税理士を目指すことを決めたときのことについては、以前の記事にも詳しく書いています。

現役時代の私が、今の私を見たら

もし、現役時代の私が今の私を見たら、たぶん、

「あなた、いつ何度も全力投球なんだね~~」

と言うと思います。笑

競技をしていた頃は、セーリングに全力投球。

引退してからは、仕事や新しいキャリアに全力投球。

今は、会社員をしながら税理士試験の勉強をして、子育てをして、副業をして、ブログまで始めています。

やっていることは昔とは全然違います。

でも、**「自分がやりたいと思ったこと、進みたいと思った道には、そのときの自分なりに全力で向き合う」**という部分は、たぶん昔からあまり変わっていません。

まとめ

私は、オリンピックに3回出場しました。

これは私の人生における大きな経験だし、もちろん誇りに思っています。

でも、それだけで自分を「特別な人間」だとは思っていません。

もともと何でもできる子だったわけでもないし、オリンピックに出たからといって、性格が変わったわけでもありません。

ただ、目の前にあるものに向き合って、その時々で自分が進みたいと思った道に全力投球してきました。

その結果として、オリンピックという場所にもたどり着いた。

そして今も、形を変えながら同じように全力投球しています。

だから、「元オリンピアン」という肩書きよりも、

「自分がやりたいことや、進みたいと思った道に全力投球して生きている人」

と思ってもらえたら、それが一番しっくりくる気がします。

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